アリ擬態花の発見
ータチガシワの花は「傷ついたアリ」の匂いで送粉者を呼び寄せるー
日本固有植物タチガシワ(キョウチクトウ科カモメヅル属)Vincetoxicum nakaianum K.Mochizuki & Ohi-Toma(図1)の花が、クモに襲われたアリの匂いを擬態することで、キモグリバエ科 の昆虫を送粉者として誘う「アリ擬態花」であることを明らかにしました。

図1:自生地のスギ林下で静かに開花するタチガシワ
被子植物は、昆虫や鳥など花粉を運ぶ動物(送粉者)との関わりの中で、色や匂いに多様な花を進化させてきました。なかでも、蜜のある花や腐敗した果実・肉片、あるいは特定の昆虫の雌に擬態して送粉者を誘う「擬態花」は、自然界でみられる極めて興味深い現象です(図2)。

図2 :さまざまな擬態花
花は送粉者を誘うために多様な擬態戦略を進化させてきた。A: 性擬態をするプテロスティリス属、B: 蜜のあるレブンシオガマに擬態するとされるレブンアツモリソウ、C–D: 腐肉臭でハエや甲虫を誘引するスタペリア属とショクダイオオコンニャク、E: アブラムシのフェロモンを放つカキラン属の一部種、F: キノコに擬態するドラキュラ属、G–H: 死んだ昆虫の匂いを放つウマノスズクサ属とセロペギア属 。
本研究は、小石川植物園で栽培されていたタチガシワの花に多数のキモグリバエ科の昆虫が群がる様子を目にしたことに端を発します(図3)。キモグリバエ科には、クモやカマキリなどの捕食者の狩りに便乗し、獲物の体液を啜る労働寄生性kleptoparasitism(または盗み寄生)の種が知られています(図3)。これまで、タチガシワの送粉者は不明でしたが、この観察をきっかけに、「タチガシワは、新鮮な昆虫死骸の匂いを模倣する擬態花ではないか」という仮説を立て、研究を始めました。

図3:タチガシワの送粉者であるキモグリバエ
A:訪花するエミリアヒメコナキモグリバエ
B:クモに狩り殺されたアリの体液を舐めるトゲヘリキモグリバエ
タチガシワの花の匂いと、アリやカメムシ、オサムシなどさまざまな昆虫の匂いを比較し、「クモに捕食されたクロヤマアリの匂い」と最も類似していることを突き止め(図4)、実験によりその匂いがキモグリバエを強く引き寄せることを確認しました。

図4:タチガシワと様々な昆虫の匂いの比較
アリ、オサムシ、カメムシの仲間の匂いを調査した。点の位置が近いほど類似した匂いをもつ。
節足動物によるアリ擬態はこれまでに70回以上独立に進化したとされますが、花におけるアリ擬態は世界初の発見です。トラップ構造など目立った形態的特徴を持たない花でこのような匂いによる巧妙な擬態が見出されたことは、これまで見過ごされてきた擬態花の多様性を示唆しています。
本研究は、植物と昆虫の隠れた相互作用の解明に新たな道を開く成果です。これまで、擬態花と思われなかったような、一見平凡に見える植物にも、花と昆虫の未知の関係性が隠されているかもしれません。
雑誌名: Current Biology
論文タイトル: Olfactory floral mimicry of injured ants mediates the attraction of kleptoparasitic fly pollinators
著者: Ko Mochizuki
論文リンク:10.1016/j.cub.2025.08.060
詳しい解説はこちら:
日本語プレスリリース: https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/press/10909
英語版プレスリリース: https://www.s.u-tokyo.ac.jp/en/press/10909
関連研究:
Mochizuki, K., Nemoto, S., Murata, J., & Ohi-Toma, T. (2024). Vincetoxicum nakaianum (Asclepiadoideae, Apocynaceae), a new species from Japan for Cynanchum magnificum Nakai, nomen nudum. PhytoKeys, 247, 191. doi: 10.3897/phytokeys.247.125070